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カテゴリ:イタリア旅行:その前に( 6 )

イタリア旅行:その前に【6】ジョルジョ-ネの祭壇画を見に中世の町カステルフランコへ

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海のいろ空のいろ
を眺めながら 
アドリア海から吹いてくる風を感じて 
終日 
ゆったりと過ごしたいですね
ヴェネツィアでは!


思いながらも

サンマルコ広場で
お茶をしながら大聖堂を仰ぎ
汽船ヴァポレットから
大運河沿いに建つ瀟洒な貴族の館や商館が立ち並ぶ光景を見ると
きっと
”中に入ってみたくなる”ことでしょう
・・・
そうしたら最後
・・・
私のことですから
目が皿のようになってしまうことは間違いなさそうです

一堂に集められた
ヴェネツィア派絵画の殿堂を見過ごすわけにはいかないでしょう
いままで
図録の中でイメージしてきた本物に
やっと
出会うわけですから

* * * * *

たったひとつの
ジョルジョーネ(1477/78カステルフランコ・ヴェネト~1510ヴェネツィア)の
祭壇画≪玉座の聖母子と二聖人≫を見るために
ヴェネツィアから40分ほどの中世の町
カステルフランコ・ヴェネトの大聖堂を訪ねることも憧れなのです

若くして
音楽会で知り合った熱愛の女性からうつされたペスト病で急死
その生涯は
不明なことが多いといわれながら
絵画の主題性の難解さや真作の不確かさについて書かれた書物が多い?という
・・・
皮肉さと不思議さがあるのです

愛され続けている
ジョルジョーネが生まれた高い城壁に囲まれた中世の町
祭壇画は
いまも町の人々にとっては最大の誇りでしょうね

この小さな町を歩きながら
・・・
何を感じるでしょう
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by tarizumi | 2011-05-13 10:48 | イタリア旅行:その前に

イタリア旅行:その前に【5】マントヴァ:パトロンと美術家による大傑作

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マントヴァは
人工湖によって三方が囲まれている町

古地図によると
湖の中にある城塞の町だったようです
1328年から1707年の4世紀に亘ってゴンザーガ家が支配しました

ルドヴィーゴ・ゴンザーガ候(1412~1478)は
宮廷画家として
アンドレア・マンテーニャ(1436~1506)を任命しました
1465年から10年の歳月をかけて装飾させた《夫妻の間》に描かれた
宮廷の人々や古代風の都市の風景は
ルネサンス美術のなかの最高傑作だと云われています
ドゥカーレ宮殿は
34000㎡の敷地に500の部屋があるそうです 

フランチェスコ2世(1466-1519)の妻イザベラ・デステ(1473-1539)は
レオナルド・ダ・ヴィンチの素描画や
フランチェスコ・フランチャが描いた絵を
ティツィアーノ(1488~1576ヴェネツィア)に複製させたという
肖像画などで知られています
多くの文化人が招かれたサロンでは≪プリマ・ドンナ・デル・モンド≫といわれ
マンテーニャとは度々芸術論議をするほどでした

フェデリーコ2世(1500~1540)は母親譲りの芸術的センスの持ち主だったようで
愛人ボルケッタと過ごすための離宮としてテ宮殿を建造しました
総指揮を執ったのは
ジュリオ・ロマーノ(1499頃ローマ~1546マントヴァ)
10才でラファエッロの工房に入門し
愛弟子として多くの重要な仕事をしたことからフェデリーコ2世に熱望され
パトロンと美術家との大傑作を完成させました
晩年まで暮らしたマントヴァの自邸は現存しています

テ宮殿の《巨人の間》は
床から天井まで
ゼウスの怒りに触れた巨人族タイタンの絵で埋め尽くされ 
わざと狂わせた遠近法と
光による幻想的な世界を醸し出しているのです
ローマ時代に版画詩集「体位集」を出してスキャンダルとなった
ジュリオ・ロマーノらしさのある部屋だと云われています

* * * * *
などと
調べているうちに
すこし不便だけれど行ってみたい気持ちになりました
ところが
ブログ世界?を彷徨っていたら
・・・
ありましたね!
”・・なんだかうすら寒さを感じました・・辺境の侯爵家の執着のようなものを・・”
とか
”・・《巨人の間》はすこし大き目の部屋に過ぎない・・期待はずれ・・
などなど

勿論
なんども訪れたいという熱烈なファンもいましたけれど
* * * * *
と書きながらも
マンテーニャの墓があるサン・タンドレア教会や
マントヴァで
最古のサン・ロレンツィオ聖堂などを巡るのも魅力ではあるのです
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by tarizumi | 2011-04-24 18:49 | イタリア旅行:その前に

イタリア旅行:その前に【4】 パルマ大聖堂のコレッジョの装飾美に酔いしれる

 
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イタリアで
観たい絵は?と聞かれたら
”パルマ大聖堂のコレッジョの円天井画の装飾美”
食べ物は?と聞かれたら
”パルマ産の生ハムとパルメザンチーズの香りとポルチーニ茸三昧!”
と答えるかもしれません
・・・
こんな会話はしたことがないのですが
パルマを訪ねることは何よりの楽しみなのです

* * * * *

本名はアントニオ・アッレグリ
通称コレッジョ(1489年コレッジョ~1534年コレッジョ)の名は
マントヴァの南50㌔の小都市の出生地に由来します

静かなパルマ地方で
当時の巨匠たちと交わることもなく 地方画家として生涯を終えました
大胆な遠近法・抜群の美しい色彩・表現力の甘美さは高く評価され
ヴァザーリは
コレッジョの金髪の描写の美しさを 
”柔らかい羽毛のような感じ”という言葉を残しました

1519年
わずか16才だった女性と結婚して1男2女に恵まれます
幸せな家庭とパルマでの順調な仕事の全盛期を迎えるのですが
パルマ大聖堂の≪聖母被昇天≫(1526-1530)の完成の頃
・・・
1529年
若くして妻が亡くなります
生地のコレッジョに農地を購入して隠遁生活をはじめ
晩年まで細々と仕事は続けました

初期の10年間ほどは
試行錯誤の時代といわれていますが
その後
ぼかし手法による独自の絵画表現を確立しました

* * * * *

円天井画を見上げると
ぼかし手法による雲の中から首を出して下を見ている可愛いクピドたちと
私たちは
向き合うことになるのでしょうか

旅行の前に
性能のよい双眼鏡を買わなければ
・・・
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by tarizumi | 2011-04-16 13:48 | イタリア旅行:その前に

イタリア旅行:その前に 【3】ベルガモと漂泊の画家ロレンツォ・ロット 

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ロレンツォ・ロット(1480年頃ヴェネツィア~1556年ロレート)が
描いた≪受胎告知≫には驚かされます

主題「受胎告知」は
向き合う聖母と使者である天使ガブリエルは横向きに描かれ
静謐な刻が流れているかのような
・・・
が定番なのですが

しかし
ロットが描いた絵は異様な雰囲気なのです
マリアは驚きのあまり両手を向けて何かを求めているような表情で左前方に
追いかける筋肉質な天使ガブリエルが右後方に
二人の目線は
絵を見る私たちと真正面に向き合います


図録で見る
ロットの作品の人物はどれも脅えているような不安な表情で描かれています
このように感じるのは
多く残されている資料からの先入観もあるかもしれませんが

* * * * *

ヴェネツィアに生まれ
ローマやベルガモをはじめ北イタリアを転々としながら 
評価されないままに貧困と失意のうちに1554年
ロレートの修道院でなくなりました

1513年から25年までの
ベルガモ滞在期はもっとも幸せな時期であったようで
中世の面影が今も残るベルガモの町で
多くの大祭壇画や壁画を見ながらロレンツォ・ロットの生涯を
感じたいと思います

ベルガモから東へ14㌔の
小さな町トレスコーレに在るスアルディ家の別荘の礼拝堂には
最も得意とする説話的な作品が残されているのです
訪ねることができたらいいのですが

* * * * *

いい旅になることを祈って!
備忘録は続きます
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by tarizumi | 2011-04-09 21:45 | イタリア旅行:その前に

イタリア旅行:その前に 【2】 ヴァラッロのサクロ・モンテ

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ひとりの宗教家とひとりの芸術家によって
敬虔で聖なる空間が
北イタリア・ピエモンテ州のヴァラッロの山上につくられました

1491年
エルサレム巡礼から戻ったミラノ出身のフランチェスコ会修道士ベルナルディーノ・カイミは
その感動から
ナザレやベツレヘムの聖地をこの地につくることを思いつきました
エルサレムやパレスチナへの聖地巡礼の代替わりとして
礼拝堂を建て絵画や彫刻によってイエスの生涯を再現したい
・・・
これがサクロ・モンテ<聖なる山>のはじまりです
イタリアにある9つのサクロ・モンテの中では最初のものです

前出の
サロンノ≪奏楽の天使≫の彫刻家・画家である
ガウディンツィオ・フェッラーリ(1475/80-1546)が美術を担当しました
・・・
≪磔刑≫を中心に21枚のフレスコ画からなるキリストの生涯(1513)や
多翼祭壇画(1516-20)を劇的な表現力で描いた一連の作品は
フェッラーリの代表作といわれています

美しいアルプスの山々を望み
630㍍の山上に聳えるこの聖地の道沿いに建つ45の礼拝堂
描かれた壁画や彫刻によるキリスト世界の空間での感動を幾人かの人たちが
名文で残しています
・・
今回は
行けそうにないので想像するだけで

数多くの作品を残している画家フェッラーリの主題や様式の変遷を
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の壁画
ブレラ絵画館やポルディ・ペッツオーネ博物館<ミラノ貴族の個人コレクション>で
辿るだけでも楽しいかもしれません


* * * * *

いい旅になることを祈って!
備忘録は続きます
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by tarizumi | 2011-03-03 13:19 | イタリア旅行:その前に

イタリア旅行:その前に 【1】サロンノの奇蹟の聖母マリア聖堂 

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季節のいい6月に
イタリアぶらり旅をしようと計画しています

面積は日本の4/5で一回り小さく 縦長の形がよく似ていて
行き当たりばったりとしても 旅のイメージがとても作りやすいのです
天井のない美術館という言葉があるように 国全体が美術品みたいな国ですから 
自分なりに旅への備忘録を書いてみたい気分になりました

さて!
はじめに何処へ行くか?と悩んだ末
まずはミラノへ飛んで
・・・
ミラノから電車で20分ほどのサロンノという小さな町へ≪奇蹟の聖母マリア聖堂≫を
訪ねることにします

ヴィスコンティ家の支配下にあった1460年頃
サロンノにある小さな礼拝堂にはテラコッタの聖母子像が祀られていました
坐骨神経痛で寝たきりのピエトロという男の人は
”苦しみから解放されたいなら聖母マリアに捧げる聖堂を建てなさい”という声を聞き
礼拝堂で祈り続けると 激痛が嘘のように消えたのです
ピエトロは聖堂建立のために奔走
・・・
これが伝説です
年月を経てロンバルディア地方色あるルネサンス様式の聖堂になりました

1520年から32年までの10年間に
レオナルド・ダ・ヴィンチの影響を深く受けた 
ミラノ生まれのベルナルディーノ・ルイーニ(1475/80-1532)が
壁画装飾≪神殿への奉献≫≪三位一体≫などを描きました
これはルイーニの最高傑作だともいわれていますが
彼が急逝した後 
同じミラノ生まれのガウデンツィオ・フェッラーリ(1475/80-1546)が
円蓋内部にフレスコ画≪奏楽の天使≫を描きました
パイプオルガンの上にはフェッラーリの下絵による木彫の≪聖母マリア像≫が

楽器を奏で歌いながら天空に舞う86人の天使たちをはじめ
126人の人物たちの姿は想像するだけでも荘厳です
・・・
これらが一体となる空間は
天国に昇っていく聖母マリアが表現されているのです

* * * * *

イタリアは聖母マリアの国というイメージがあるので
旅のはじまりにはぴったりだと思いませんか?

いい旅になることを祈って!
備忘録は続きます


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by tarizumi | 2011-02-27 18:26 | イタリア旅行:その前に
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